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あっちのブログ

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【図解】「幸せになる勇気」で幸せになるためには?

まとめ アドラー心理学 書評

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前回まで、岸見先生著のアドラー心理学本「幸せになる勇気」を章ごと分けてまとめました。

今回は、全体のまとめを図にして表してみます。

哲人と青年の対話形式でアドラー心理学への理解を進める作品なので、なんとも体系的に解釈するのが難しいです。さらには、固定概念とするのを避けるため、意図的にまとめた図のようなものを載せなかったのかもしれません。

それでもやはり、アドラー心理学の理解を深めていきたいです。これを読んでいるあなたに対しても、私にとっても。

というわけで、図解がその理解の力ぞえになれば幸いです。

ちなみに、「幸せになる勇気」は、前作「嫌われる勇気」とつながっています。

そのため、図解はその2つの作品の統合的なアドラー心理学のまとめになります。

章ごとのまとめ

図解

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図の説明

結局、何のためのこの「幸せになる勇気」を読むか?

もっと幸せになりたいからである

だと思います。

幸せになる勇気」を手に取る人は、「幸せではない人」がほとんど。のこりは「今の幸せに満足しない人」「さらなる幸せを望む人」でしょう。

ですので、図解は「どうやって幸せになるか?どうやって幸せを広げていくか?」についての流れを意識しました。

「幸せではない人」は、図の左下「自分への関心」=「子供の時に選んだライフスタイル」の状態にあります。

幸せになるための愛と勇気の旅は、ここからスタートです。

はじめの一歩

本にもあったように、幸せになる方法は、簡単です。

最初の一歩である「幸せになる勇気=子供の時に選んだ『わたし』と決別する勇気 」を行使するだけです。

方法は簡単ですが、「自分へしか関心がないことを認めること」「一歩を踏み出す勇気がないことを認めること」「勇気を行使することが怖いこと」が難しいのです。

でも「勇気がないから、幸せになれない」は非合理な、今のライフスタイルを肯定するという目的から出る屁理屈です。

勇気がなくても幸せになれます。

テレビのリモコンでチャンネルを変える感覚で、ライフスタイルの選択を変えればいいだけです。

選ぶだけです、いかにほめられるか?いかにしかられないか?いかに愛されるか?を無意識に望む「わたし」の死を。

肉体の死ではないにもかかわらず、人格の死を選ぶのは「わたし」が絶叫しながら反発します。「わたし」は人格の死よりも肉体の死を選ぶほどです。この人格が肉体を殺す「自殺」という選択で日本では年間3万人も亡くなっています。

それほど「わたし」の反発力は絶大なのです。

勇気を掘り出す

そんな「わたし」も受け入れる「自己受容」が肝心です。これを勇気を掘り起こすきっかけにします。

「人格は遺伝子の配列によって決まるから選べないよ」と「わたし」は反発するかもしれません。その反発も受け入れるのです。「知識を武器に反発してるな」と。

実際は、「わたし」が反発する目的があってその知識を引き出している、のだから。 「別々に育てられた遺伝子が同じ一卵性双生児は性格が異なる」という知識を持っていたとしても、目的に合わないので引き出さないでしょう。それすらも受け入れます。

「自己受容」するためには、「他者信頼」が役立ちます。他者は無条件に信じられる仲間、と意識することで「わたし」も含めた自分を他者のように信じられます。そうすれば「他者貢献」もできます。信頼している他者の役に立つことは、自分を受け入れやすくすることにもつながります。この「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」のサイクルを回せば勇気が溢れてきます。

これが図右下の「勇気UPのサイクル」です。

自分も、自分の一部である「わたし」も、他者を含めた共同体の一部。他者のように、どんな「わたし」でも感謝して、どんな「わたし」も許しましょう。

「わたし」と戦う勇気ではなく「わたし」を安らかにする勇気です。

勇気は人からもらえません。愛と同様に自分の内側から掘り出すしかありません。(第4部のまとめ参照、共同体感覚は内在する)
勇気UPのサイクルをドリルとして、自分の奥底から掘り出しましょう。

今、子供のライフスタイルではなく大人のライフスタイルを選んだら「幸せ」です。

勇気は続く

最初の一歩を勇気で、子供の時に選んだ「わたし」と別れることを選んでも、勇気がそのあと必要にならないわけでははありません。

私たちは、過去未来の線上ではなく、今という点の連続で生きてきます。
過去の否定は、図の左下「目的論」の部分です。

一歩の後も、常にライフスタイルを選択する勇気が求められます。

  • 一歩の前

    • 今「これまで(子供)のライフスタイル」を無意識に選ぶ
    • 今「これまで(子供)のライフスタイル」を無意識に選ぶ
    • 今「これまで(子供)のライフスタイル」を無意識に選ぶ
  • 一歩の後

    • 今「どのライフスタイル」を選ぶ? 「大人」
    • 今「どのライフスタイル」を選ぶ? 「ほめられたいので子供が魅力的、けど大人」
    • 今「どのライフスタイル」を選ぶ? 「大人」
    • 今「どのライフスタイル」を選ぶ? 「大人」

幸せであり続けるためには、今「ほめられたい・しかられたくない」という「子供のライフスタイル」ではなく、「大人のライフスタイル」=「『わたし」「あなた」ではなく『わたしたち』を主語にしたライフスタイル」を選びつづける必要がある、ということです。

これが、図の左上「自立」です。

すなわち、

「自立」=「子供のライフスタイルからの脱却」=「大人のライフスタイルの選択」=「愛」

であり、さらには

「愛」≦ 「共同体感覚」

なのです。

「子供のライフスタイル」に戻るのは幸せの選択より簡単です。誘惑だらけの試練です。だからこそ、今、今、今の選択に集中が必要なのです。

図の下から上への流れの通り、他者への関心をもち、尊敬し、人生のタスク=対人関係をこなし、愛し、自立し、共同体感覚を広げていく。

図の頂点の「幸せ」を広げること=「共同体感覚」を大きくすることを「いま」楽しんでいきましょう。

むすび

と「子供のライフスタイル」から、なかなか抜け出せていない私が言っています。自己受容、他者信頼がなかなかできません。私の「わたし」が反発しまくってます。

でも、抜け出せないであがく「わたし」を客観視できている感覚を得られています。そして日に日にその時間が長くなってきています。さらには「わたし」のあがきがちょっと面白くなっているのもあります、なんか必死すぎる、みたいな。

このまま続けてみて、どうなるか?
先は考えませんが、この感覚を「いま」楽しむことにしています。